シルビアと「Zの柳田」柳田春人

Pocket

「Zの柳田」柳田春人

「Zの柳田」こと柳田春人氏をご存知でしょうか?スーパーシルエットフォーミュラでフェアレディZで活躍していたことから「Zの柳田」と呼ばれていました。シルビアのライバルとして、今回はそんな彼のエピソードを見ていきましょう。

出典:http://www.photo-ac.com/

「Zの柳田」こと柳田春人氏

Z遣いの柳田

柳田春人氏がレースを始めたのは、偶然に参加したレースで優勝したからです。1972年、土砂降りの中で、3位入賞したことから「雨の柳田」と呼ばれるようになりました。また、1978年マツダのサバンナ群をぶっちぎり3勝を上げて、悲願のクラスチャンピオン獲得したことから「Z遣いの柳田」と呼ばれるようになりました。柳田春人氏は、愛車フェアレディZとともに様々な伝説を築き上げました。 1 2

富士スーパーシルエットレースのシリーズチャンピオン

柳田春人氏は、1980年、1983年富士スーパーシルエットレースのシリーズチャンピオンに輝いています。この時、日産シルビアとのデッドヒートは、後の世まで語られるほど壮絶なものでした。そのレース内容もすごいことですが、当時、柳田春人氏とコンビを組んでいたのが、鈴木亜久里氏だったそうです。当時の鈴木亜久里氏は新鋭で有名ではありませんでした。その時のレースを知る人は、フェアレディZが、とにかく格好良かったと言います。 3 4

柳田春人氏の今

現在、柳田春人氏は、株式会社セントラル代表取締役で、フェアレディZ専用「Z SPORT」のオリジナルパーツを開発、販売しています。ドライバーとしては引退していますが、愛すべきフェアレディZのパーツや未来のレーサーの育成に励んでいます。そして、柳田春人氏の息子、柳田真孝氏が父の遺志を継いでレース活動を行っています。2012年、柳田真孝氏が参戦を続けたSUPER GT 500クラスにて前年度のチャンピオンに続き 前人未到の「V2」を達成しました。 5 6

まとめ

この時代(スーパーシルエットレース)のレーサーは、エピソードが、とにかくたくさんあり、それぞれに物語があります。柳田春人氏もその一人で親子二代で同じ車に乗って同じ意志を継ぐというドラマがあります。こういったドライバーの話もファンを魅了した原因のひとつではないでしょうか。