シルビアと「日本一速い男」星野一義

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「日本一速い男」星野一義

「日本一速い男」こと星野一義氏をご存知でしょうか?星野一義氏は、「日本一速い男」と言われるほど偉大な記録を打ち立ててきました。それはどんな偉業だったのでしょうか?今回はそんな彼のエピソードを見ていきましょう。

出典:http://www.photo-ac.com/

「日本一速い男」こと星野一義氏

「日本一速い男」星野一義氏

「日本一速い男」の異名を持つ星野一義氏は、どうしてこのような名前がついたのでしょうか。それは、当時国内レースでは無敗を誇り、フォーミュラからツーリングカーまで幅広いマシンで優勝してきました。 1 2

ニチラ・シルビア

星野一義氏と言えば、スーパーシルエットレース(※1)でニチラ・シルビアを激走したことが有名です。
当時、日産は、スカイライン、ブルーバードに加え、このシルビアをベースとしたシルエットフォーミュラを投入していました。新たにチーム・インパルを設立した星野一義氏は、1981年から「ニチラ」カラーのシルビアで参戦しました。市販のモノコック(※2)をパイプフレーム(※3)に貼り付けたモンスターマシンは、2L直4ターボ搭載で570馬力を記録しました。その過激なスタイルから若者に人気を得ていました。 3

※1. モータースポーツ用の車両の一種で、1981年以前のFIA国際競技規則・付則J項においてグループ5に分類される車両の通称。 4
※2. 車体・機体の外板に応力を受け持たせる構造のこと。 5
※3. パイプフレーム化は主に別型のエンジンへの換装や緩衝装置の変更などでフレームに加工が必要な部分に対して行われること。 6

星野一義氏の今

現在、星野一義氏は、株式会社ホシノインパル代表取締役社長です。日産車のアフターパーツの開発及び販売しています。ドライバーとしては、引退していますが、息子(星野一樹)が父の遺志を継いでレース活動を行っています。引退後、星野一義氏が総監督を務める「ホシノレーシング」というレーシングチームを作りました。 7 8

まとめ

この時代(スーパーシルエットレース)のレーサーは、エピソードがとにかくたくさんあり、それぞれに物語があります。星野一義氏もその一人で親子二代で同じ車に乗って、同じ意志を継ぐというドラマがあります。また、星野一義氏はホッチの愛称として呼ばれ数々の名言を残しています。

「走りは努力以外の何もない」
「金は自分の手で稼ぐしかない」
「インパルはもうオレの分身なんだ」
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こういったドライバーの名言もファンを魅了した理由のひとつではないでしょうか。